トップページ > SSRブログ > 暑い日である

seiseki squareSSRブログ

2018/08/29

暑い日である


 
 
 
 海が近い、ここ鎌倉の古い木造住宅のほとんどは、潮風やそれが運んでくる砂を避けるため、海岸通りから少し距離を置き、周りを松などの林で囲んで建てられているのが普通である。砂の飛散を避けるため、庭に芝を貼る家が多いのも特徴と言える。

 戦前にお金をかけてしっかり建てられた屋敷が多く、うちのように戦後間もなく建てた家など、どちらかと言えば新しい方であった。

 空調のない時代、夏の防暑と湿気対策のために家の周囲の窓や縁側を解放して風が通るように設計されているため、エアコンを設置しても、構造上、逆にその効果は薄いのが通り相場だった。
 つまり、夏は扇風機と蚊帳、冬は厚着と火鉢・炬燵という、いわゆる昔の習慣と生活様式に則って建てられた木造家屋なのである。

                 ***

 高校最後の夏休みのある日、母が用事で出かけている時のことだ。

 暑い日である。

 茶の間で留守番をしていると昼近くになって、幼稚園から一緒の水口イチ子が、グリーンの風船がデザインされた、いつものトートバッグを持ってやって来た。この時間のそれには、おおむね昼食の材料が入っている。
「さっき、駅前でオバサンに会ったよ。どっかへ出かけられたのね? いつものようにお台所お借りしていいですかってことわっておいたから、使うよ」と言いながら縁側から上がると、茶の間に寝転がって甲子園を観ているぼくの投げ出した足を跨いで炊事場へ行った。

「お昼、まだだよねぇ」イチ子の声が聞こえる。
「うん、でも朝が遅かったから、まだ、お腹空いてなぁい。ひとりで食べていいよ」

 しばらくして彼女は、縁側にちゃぶ台を出し、扇風機を自分の方に向けて座ると、
「暑い日のお昼は、お素麺に限りまぁーす」と叫んだ。
 それは、開け放たれた家から隣近所に充分届くほどの大きな声だった。




【Roman Andrén / Til Another Day】


 

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

名前:
メールアドレス:
コメント:

△ページ上部に戻る