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seiseki squareSSRブログ

2018/10/27

一汁一菜


 
 
 
 太平洋戦争で大日本帝國惨敗。
 昭和二十年九月二日に米戦艦ミズーリ号甲板で、大元帥陛下の信任を得た日本側全権団が降伏文書に署名すると、その後、続々と連合軍兵士達が日本本土に上陸してきた。
 それを見ていた後の料理研究家・江上トミさんは『こんなに体の大きい人達と戦争していたのか。こんなんじゃ、勝てるわけがない』という感慨をもったそうだ。その後、江上さんは放送協会の料理番組に連日出演して、油やバターを多用した洋風の家庭料理の紹介をはじめた。確かにその後七十年、国民の平均的体格は大分向上した。

 ところが昨今、今度は栄養過多に陥り、成人病が蔓延、江上さんと同業の土井善晴さんが、これからは健康のために、せめて家では昔のように一汁一菜で済ませてみてはどうだろうと提案している。そのサンプルが冒頭の写真。一汁一菜とは言っても、写真が掲載用に見栄え重視の豪華版なのは止むを得ない。

 ところで、横浜などの大中華飯店並の料理を単品で頼めるというので、この半世紀、人気の中華料理店がクラウン街の『赤尾飯店』。社長の伊藤さんは、現在九十二才。長生きの家系なのか、母堂は百才を超えて天寿を全うしたとか。
 伊藤社長が言うには、
「うちは貧しかったから、母親は生まれてから死ぬまで、麦ご飯と漬物、そして家の前の畑で採れる具沢山の野菜の味噌汁だけを三食食べ続けた。肉や干物の魚などまず食べたことがない。それでも病気ひとつせず、長生きした」----- そうは言っても、時には鶏卵や自家製の豆腐、納豆で蛋白質の補給はあったと思うが...。

 冒頭の写真の白米を麦飯に代え、味噌汁の上にのっている豚バラ肉片を取り除けば、社長の言う、母堂の日常食に近いものだろう。


 

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