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seiseki squareSSRブログ

2019/01/05

はいっ、局です。どちらにお掛けですか?


 
 
 
 地方によって白味噌・赤味噌の好みの違いはあるにせよ、『味噌味!』と言うだけでおよその味がわたし達の頭に浮かぶところだが、地球のどこか遠い国のさらに僻地へ行き、現地の人に『味噌味』を説明し得ないのと同様、1960年代に、いわゆる日本の都会で生まれ育った人に『手動交換電話の仕組み』をどうやって文章で説明しようか。指でダイヤルをジージー回す、ダイヤル式の黒電話がすでに化石化しているというのに、手動交換電話はそのさらに前時代のシロモノ、武器に例えれば『投石、落とし穴』のようなものだ。

 1960年以前の多摩村の電話事情というのが、まさにその『投石、落とし穴』の時代。

 当時、化石と現在言われるダイヤル式の自動交換電話は東京23区内及び、中央線沿線地域、京王線で言うなら調布、府中、八王子地域の文明開化品であって、日野市の一部僻地並びに多摩村なんぞは、農協の有線放送と手動交換電話で精一杯。白黒テレビですら村内に一体何台あったか。

 当時の多摩村の電話回線は武蔵府中局の傘下にあった。
 電話局の自動交換機が並ぶ部屋の隅か隣に『手動交換機室』というのがあったことだろう。そこに何人かの交換手(戦前の女子憧れの花形職業)のお姉さんがいて、こちらが電話機の横に付いている小さなハンドルをガラガラガラと回すと、お姉さんの前にある交換機のヘッドホンのボコ・ジャックの側にある豆電球が、こちらのガラガラガラに合わせてチカチカチカと光る。お姉さんは、自分の耳につけたインカムにつながるデコ・ジャックをそのボコ・ジャックに入れると、こちらとお姉さんの回線がつながり、お姉さんが発声する。
「はいっ、局です。どちらにお掛けですか?」
「都内、000の0000番をお願いします」
「はいっ、そのままお待ちください」と言われ、受話器を持ったまま待つこと三十秒ほど。
「はいっ、お話しください」とお姉さんの声。
 ここからようやく今と同じに通話が始められる。これは、手動局から自動局へつなげる手順なので、比較的時間を取らない。これが手動局から手動局だと電話局も往生する。
「はい。一旦受話器を置いてお待ちください」と言われてからが長い。例えば多摩村から東村山につなげるのに、混雑する時間帯だと平気で三十分くらいかかる。回線が少ないのだ。いわゆる順番待ちをさせられ、忘れられてしまったんじゃないだろうかと不安になる頃にやおら電話機がジリジリジリと鳴る。ようやく、
「はい、お話しください」だ。

 当時は、多摩村からどこかに電話することなんかほとんどなかった時代だから電話機も必需品じゃなかった。万が一、電報を打つ必要に迫られた時は、日中ならば農協の有線放送を使って農協の交換手さんに頼んで代わりに打ってもらっていたような気がする。このあたりを詳しく調べようとするなら、今はもう七十歳代後半以上の年齢の人に尋ねないとわからない。
 とにかく、昔は何をするにも人手を介してすることが多かった。『お陰様』という言葉が、今よりもっと現実味を持っていた時代のお話である。


 

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