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seiseki squareSSRブログ

2019/01/25

軽巡『多摩』いまだ反撃せず!


 
 
 
 何回か前のコラムに、大國魂神社へお守りをウケにいった話を書いたが、その時、参道の左手に、夏が近くなると話題に上る機会の多い慰霊碑に気づき足を止めた。

『大日本帝國海軍 軍艦多摩戦没者慰霊碑』

 今時はレコード盤を見たことがないという若い人達も多いところに軍艦多摩を説明するのも難儀なことだ。長文を書けば理解してもらえるかというと、その保証も無いので、必要なことだけを手短に書こう。

 軍艦というのは、舳先に天皇家のご紋・菊花紋を頂いた船を指す。艦種は雑多で、大所は戦艦、巡洋艦、航空母艦など。駆逐艦のように菊花紋のない艦艇は、補助艦艇と言い、厳密には軍艦とは呼ばない。それぞれの艦種によりネーミングに法則があり、巡洋艦は一級河川名を付ける。

 軍艦多摩は,多摩川の多摩を採っていることから巡洋艦であるのがわかる。巡洋艦は英語ではクルーザー、戦艦ほどではないが強力な火器を持ち、高速で進撃できる艦種である。ただ、軽巡(軽巡洋艦)多摩は、太平洋戦争開戦当初でも既にいささか古い大正時代の建造で、第一次大戦型ともいう三本煙突。
 ロートルなので大戦初期は米海軍との主戦場である太平洋上の作戦には使われず、主に北太平洋・アリューシャン方面の作戦に投入され、艦隊旗艦も務めた。

 日本の敗色が濃くなった昭和十九年、老齢艦多摩もとうとう主戦場・レイテ沖海戦(史上最大の海戦)に投入され、遂には米潜水艦の至近距離からの魚雷攻撃を受け、艦体断裂、艦長以下乗組員440名全員未帰還という壮絶な最期を遂げている。

 軍艦には必ず神棚があり、艦内神社として奉られる。軍艦多摩は、多摩川沿いの官幣小社・大國魂大神を祀った由縁から、その慰霊碑が境内に建立された。

 見よ! 偶然撮った一枚の写真。画面右上から軍艦旗さながらの光が差し込んでいるではないか! 黙祷!


 

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