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seiseki squareSSRブログ

2018/03/25

わずか五分、六分だというのに


 
 
 人気のない、むしろ謎めいた海へ行くのだと、きみが計画を話し始めたのは、去年の夏が、まだ至るところに踏みとどまっていた頃のことだ。

 今、それはかなえられ、半島の海沿いに点在する漁師町の中でも、とりわけ交通の便が悪く、何気なくは見つけようもないこの浜にたどり着いたのは、むしろ偶然という他なかった。

 天然真珠の不揃いな破片を集めたような白砂の、この人知れぬ浜に遊ぶのは、地元の子供達か、あるいは何軒かあるという別荘に滞在する家族か、それとも、古くから主に旅の商人を相手にして来た、たった一軒の小さな宿の宿泊客 ----- つまり、ぼくときみ以外にいるはずはなかった。

                  

 砂丘を降り、行きつく海で、南中にかかる太陽の光が、海流に揉まれたはずの浜辺の砂に戯れ、その反射光がそこに居合わせた海水浴客たちの目を一斉に細めさせる頃、宿から浜までの歩いてわずか五分、六分だというのに、先を行くきみの水着の肩が夏の陽に焼けて赤く染まり始めていたのを、その時ぼくは、早々と気付いていたのだったが...。



【The Hollyridge Strings / Wendy】


 昭和30年頃の多摩村の子供達は、夏休みは大栗川や多摩川で泳いだり魚を捕ったりして遊んだものです。子供達はグループで遊ぶので、年かさの者が年下の者の面倒をよく見ました。日暮れて家に帰って来なければさすがに親は心配しましたが、日中は、どこでなにして遊んでるんだろうかなんて気にする親はひとりもいなかった時代です。『せいせき』の子供達も、小学校低学年の子でさえ、百草や聖ヶ丘辺りまで走って遊びに行ったものです。
 多摩村の子供達の夏休みは、終盤にかかると忙しくなります。秋祭りの準備を手伝わなくてはいけなかったのです。なにをどう手伝うかは、また夏が近づいてきたらお話ししましょう。

 

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