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seiseki squareSSRブログ

2018/03/27

それでも記憶に残っているもの


 
 
 二十世紀初頭の英国の小説家アーノルド・ベネットのエッセー『文学趣味』は次のような一節で始まる。

『文学趣味を上品な教養と考え、それを会得すれば自己が完成され、ひいては上流社会の一員として恥ずかしくないだけの人間になり得る ----- この誤った考えをまず最初に取り除く必要がある』

 これは、大学に入って、最初に講義テキストとなったものだ。科目は『原典講読』だったか。まあ、一種の教養科目だったのだろうが、教授が何でこんな古典をテキストに採用したのか卒業してからも不思議に思っていた。教授にしてみれば、いずれ学生が大人になり、再読しようと思い出してくれた者だけが、ようやくこの本の本質に出会ってくれればいいとでも思っていたのかも知れない。
 今更なんだが、実に面白い。お陰で『エリア随筆』まで再読したくなってきた。

 アインシュタイン博士によると、
『教育とは、後年、学校で習ったことのほとんどを忘れた時に、それでも尚かつ記憶に残っているもの』のことをいうのだそうだ。



【Peter Frampton / Show Me The Way】

                ***

 昭和三十年頃の多摩村の学校は、村立の中学校と小学五、六年生は全員が必ず通う本校のみ。他に和田と乞田に小学一年生から四年生までが通う分校(乞田分校は複合学級だったかも知れません)あり。それら小学校の現在は、本校並びに和田、乞田分校とも栄えあるナンバースクールとなっています。
 当時、多摩中から高校へ行くものはおよそ半分程度。『農業者に学問はいらない』という考えがまだ根強い時代でした ----- これには大変多くの誤解があって、農業者の子弟は上の学校で学ぶよりも、親から子へ少しでも早く農業技術を伝え、農作物の増産に努めることが職業として世の中に一番役に立てる道だと信じられていたからです。決して勉強嫌いというわけではないんですよ。
 ところでスペイン、フランス、イタリアなど、いまだに農業に力を入れている先進国は数えきれません。日本の国が農業を捨てた反省は、今も強く残ります。

 

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