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seiseki squareSSRブログ

2018/03/09

バレンシアまで1万キロ


 
 
 スペインの首都マドリードで美味しいパエリアを食べようなどとは思わない方がいい。なぜなら、パエリアは、マドリードを南に下ったバレンシア地方の郷土料理だから...。それはまぁ、京都で『切りたんぽ』なんぞを食べようというようなもんだ。
 しかし、生まれてこの方、数え切れないほど食べたパエリアのうち、なかなか花丸💮なパエリアを出す店が『せいせき』にある。

 日本発スペインへの直行便は、ジャパンエアもオールニッポンも現在なし。直行でも1万キロあるところを、欧州のどこかの都市を経由しないとスペインへは入れない。不便。ところが、『ビストロ酒場 KIZO』なら聖蹟桜ヶ丘の駅前交番から歩いて5、6分。コレ便利。


『ビストロ酒場 KIZO』(中央商店会)
http://seiseki-s.com/htm/shop/detail.asp?id=c116

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【こぼれ話】・・・・・現在、スペインのジブラルタル海峡付近に六、七百人のハポン(つまり『日本』という)姓を名乗る一族あり。出生証明書、婚姻証明書、死亡証明書の照合から、彼等は十七世紀初頭に突然同地に出現したことがわかっている。四百年からの混血が進み、今ではほとんどスペイン人と見分けはつかない。
 彼等のうち農業に従事する家系は、他のスペイン人農家とは異なり、稲を苗床から栽培する日本式農法を行っているという ----- その地方は、長粒種ながら、昔から米作地帯である。
 時折、その一族に産まれる赤ちゃんのお尻に、可愛いらしい蒙古斑が認められ、そのルーツが話題になるという。

 殉教もあって有名な長崎の遣欧少年使節の三十年程後に仙台・伊達藩が、石巻から出帆させた慶長遣欧使節がある。ハポン姓の始祖は、その使節の帰途、大西洋を渡る船が出帆する直前、何らかの理由から現地残留を決断した数名の伊達藩士、もしくは船員(漁夫)であろうと言われている。

 

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